イントロダクション

決戦兵器。
それはその名の通り、戦争の帰趨を決するための兵器という意味である。
いわゆる戦略兵器とも言えなくもないが、その帝国には特別にそう呼称される兵器があった。
決戦兵器局と呼ばれる特殊な機関により開発、運用されるその兵器は、
量産することをまったく念頭に置かず、
研究所レベルの技術をそのまま実戦で活用するというものだった。
当然開発コストは肥大化し、稼働率も極限まで低くなる。
しかし、それらを補っても余りあるほどの高性能を追求するのである。
それこそ戦いのゆくえを決するほどの高性能を。

決戦兵器局の前身である部署は、元来、戦艦の開発を行ってきた。
戦艦は完成するまでに長い年月と莫大な費用が掛かり、
運用するには同じく膨大な数の人員を必要とする。
そのような意味では、先ほどの決戦兵器と似かよった部分がある。
では肝心の性能はどうか。
最強の戦艦は、少なくともかつてならば決戦兵器でありえた。
その絶対的存在は帝国の誇りでもあった。
ところが航空兵器の時代が訪れるとともに、活躍の場は失われつつあり、
その費用対効果は下がる一方だった。
要は高いわりに役に立たないのである。
そこで戦艦並みの建造費、運用費をつぎ込み、
決戦兵器とすべく一機の戦闘機を開発、運用させる計画が発動された。
その戦闘機の開発のみならず、実戦で展開するために組織された機関が決戦兵器局である。

 

決戦兵器局の発足から長い月日が流れ、1945年。
その帝国の陽は沈みかけていた。
数十年前から慢性的に戦争を続けていた帝国軍にも、ついにかげりが見えた。
緒戦の活躍を見せた機動艦隊はすでに崩壊し、歴戦のパイロットも次々と姿を消した。
連日のように敵の重爆撃機が本土を蹂躙し、帝国全土が焦土と化しつつあった。
もはや敗戦は避けられない状況まで追い詰められていたその年、かの計画は実を結んだ。
十数年もの開発期間を経て、ついに実戦投入可能な作戦機が完成したのだ。
その異形の機体は、四式強襲戦斗機 狼炎と名付けられ、
比類なき火力と高機動を兼ね備えていた。
対空、対地、対艦、あらゆる敵に対しても圧倒的優位に戦えるその性能は、
まさに決戦兵器と呼ぶに相応しい機体だった。

しかし状況はあまりに楽観的でなかった。
その高性能の代償として、狼炎を作戦運用するには、
通常では考えられないほどのコストがかかるのだ。
新開発の水素ロータリーエンジンを稼動させるには、常に数十人のエンジニアを必要とし、
同じく新開発の自動追尾ロケットは、一発あたりの単価が通常の戦闘機1機分という有り様だった。
すでに疲弊しきった帝国には、狼炎を積極的に作戦投入できるほどの体力は残っていなかった。
また、狼炎は過激なチューニングのため戦闘機動を行った場合、
エンジンや機体の強度に問題が生じ、飛行可能時間が著しく制限されるという問題もあった。
そのため作戦展開できる地域も限定されてしまう。
つまり強襲機でありながら、主要な運用方法としては、要撃作戦くらいが精一杯なのである。
しかもその凶悪な稼動コストでは、通常の防空任務などには向いているとは言いがたかった。

それでも当時の帝国の状況では、あらゆる防衛作戦を狼炎に頼るしかなかった。
本土防衛の要である航空隊もすでに消耗しきり、
敗戦を回避する方法など、もはやとっくの昔に潰えていたのだから。
狼炎だけが最後の希望だったのだ。

最強の矛が最硬の盾となることを信じて…

かくしてその帝国の存亡は、決戦兵器局とたった1機の戦闘機に委ねられることとなった。
皮肉なことに、その異形の戦闘機は、戦いを決するために作られた兵器でありながら、
戦いを決させないためにしか戦えないのである。


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